筋骨格・神経に関連した原因の分からない痛みに
さまざまな視点からアプローチ

医師 谷口 亘
谷口医長

整形外科を受診する方の主な受診理由はほとんどが痛みであり、痛みがひどい場合は日常生活に支障を来たし、イライラや不眠が生じることもあります。ほとんどの場合は適切な治療により、痛みから解放され、元の日常生活が送れるようになります。このような痛みは急性時痛と言います。ケガなどの末梢組織で発生した痛み情報は末梢神経を通過し、脊髄で情報処理された後、最終的に脳で認知されます(図1)。痛み自身は大変嫌な存在ですが、本来その役割は我々生命体の危機回避であり、進化の過程で獲得した必須の機構(警告信号、アラーム)です(図2)。しかし、痛みが長期化すると原因は治癒しても痛みだけが残存し、痛みそのものが病気となります(アラームが鳴りっぱなし)。これを慢性疼痛と呼びます。

慢性疼痛の原因はいまだ不明な点も多く、有効な治療法も確立おらず、非常に難治性であります。痛みは感覚であるとともに不快な気分(負の情動)を引き起こすものでもあるため、長期化すると心理的な面での負担が大きくなり、精神的な不調の原因にもなります。またその精神的な不調がさらに痛みをこじらせている場合も多く、悪循環に陥ります。 慢性疼痛の病態としては、アラームが鳴る時間が長くなると、そのシステムが壊れ、誤作動を起こしていると考えられています。しかし、医学的にはこの誤作動を起こすようになったメカニズムが不明であるので、もとの正常に戻すのが非常に困難なのです。そのため、画像検査上は正常であったり、最初にあった急性時痛の原因は治癒していて、「あなたはどこも悪くありません」と診断されることもあります。しかし、痛みは現実に存在し、患者さんは苦しんでいます。痛みは他人にはわからない、共有できない、数値化できない点も慢性疼痛の治療を困難にしています。

筋骨格・神経に関連した疼痛は運動器慢性疼痛と呼ばれ、我々整形外科医が担当します。当院は慢性疼痛診療システム普及・人材養成モデル事業-近畿地区(通称いたきんネット)[http://painkinki.html.xdomain.jp/連携医療機関_220805.html]

の連携医療機関に登録し、3名の常勤医師が所属しています。和歌山県でも運動器慢性疼痛患者の受け皿となるべく、当院は積極的に活動しています。特にリハビリテーション病院の強みを活かした治療を行っています。運動療法は慢性疼痛に有効な治療法の一つとされています(慢性疼痛診療ガイドラインより)。その詳しいメカニズムはまだ不明な点も多いですが、筋力アップや関節が硬くなる拘縮の改善以外にも運動することそのものが人間にとって一種の報酬でなり、幸福感につながるとされています。そしてそれが疼痛を緩和するようです。また、人間には本来行き過ぎた痛みを抑制する下行性疼痛抑制系と呼ばれるシステム(脳から脊髄に命令が下るので下行性と呼ばれます)がありますがこれを運動療法が活性することで疼痛を和らげているとされる論文もあります。当院では適切な診断の上で、外来リハビリテーションだけでは不十分と思われる患者様には入院で短期集中型の運動療法を行い、痛みに対するとらわれを解放できるような教育・認知行動療法も提案させて頂いています。運動器慢性疼痛でお困りの患者様は一度、当院の専門外来(木曜日午後)を御気楽に受診ください。その際には前医からの紹介状・これまでの画像を持参いただければ、幸いです。

医師 谷口 亘
谷口医長

(図1)痛みの情報伝達:膝関節で生じた痛みは末梢神経により脊髄に伝わり、情報処理されたのち、脳に伝わる。この際、どこがどの程度痛いかという情報ととも不快に感じる脳の部位にも情報が伝わるので、痛みは嫌なものとして認識される。

(図2)正常な痛みの役割:指で生じたケガを火事に例えると、火事を発見した人が消防署(脊髄)に一報(痛み情報)を電話する。消防署(脊髄)は火事の情報をまとめて、市役所(脳)に市内放送を流してもらうように通達する(痛みを感じる)。

(図3)椎間板ヘルニアなどの神経が圧迫されている場合、実際手がケガしているわけではないがイタズラ電話(神経圧迫)され、消防署(脊髄)が間違った判断するため、火事の市内放送が流れる(痛みを感じる)

(図4)慢性疼痛の場合:火事(ケガ)は起こっていないのに消防署(脊髄)や市役所(脳)が混乱を起こして、市内放送(痛み)が流れ続ける。また市内放送が続くため、実際火事が起こっていないのに現場でも混乱がおきてしまう。